鳥のように舞い、巨象のように群れずに
はじめに
この記事は、Fediverse Advent Calendar 2020(第三会場)の3日目の記事です。アドベントカレンダーというと、テック界隈では何かはっきりとしたイシューを決めて、それについて書いていくというのが一般的ですが、この記事ではもっとふわっとした、随想に近いものになると思います。お付き合いいただければ幸いです。
さて、アドベントカレンダーの記事ということで、本ブログやその管理人をご存じでないという方も多くいらっしゃるかと思いますので、まずは軽く自己紹介をさせていただければと思います。筆者は皆月蒼葉という人物でして、Mastodonインスタンス「びびびどん」を運営している小説書きもどきです。びびびどんはアカウント数20程度と小規模なインスタンスではありますが、そのほとんどがアクティブユーザーなため、規模の割には賑やかに利用されているのかなと思います。
びびびどんについて特筆すべき事項としては、創元SF短編賞という文学賞の(本賞ではないものの)受賞経験を持つユーザーが4人もいるというのがあります。20余名のうちの4名なので、割合で見ると結構なものですね。筆者自身もSF小説を書くことを趣味としていますので、SF・文芸に強い(強いとは?)インスタンスでもあるのかな、と。そんなわけで、今回の記事は主にSFとMastodonの関係性とか、Mastodonヘの思いとかについて、ふんわりと書いていこうかなと思います。
最初は「邪悪にならないためのサーバー運用」とでも題して、サーバーを運営する上で気をつけていることとかについて書こうかな、とも思ったんですが、そもそも20人しかいない招待制のクローズなサーバーでそんなことを言っても説得力がまったくないよな、と思ってやめました。そんなわけなので、メインイシューも特にない殴り書きではありますが、お楽しみいただければと存じます。
Mastodonとは何なのか
そもそもの話として、Mastodonとはなんぞや、とお思いの方もいるかも知れません。軽くそのあたりについても触れようと思います。Mastodonというのは、本当に簡単に言ってしまえばTwitterライクなSNSの一つです。ユーザーは他のユーザーをフォローすることができ、フォローしたユーザーのつぶやきがタイムラインに表示されます。他のユーザーのつぶやきに返信したり、お気に入りに入れたり、ダイレクトメッセージを送ったりもできます。基本的な機能はTwitterと同じですね。Mastodonという名前は、1万年ほど前に絶滅した象の種名から採られています。
ただ、Twitterと大きく異なるのは、「分散型のSNS」であるという点です。分散型とはどういうことか。まず分散型ではないTwitterについて考えてみましょう。Twitterは、そのサーバーをすべてTwitter社が管理しています。Twitterにアカウントを作るということは、とりもなおさずTwitter社のサーバーを間借りするということ。禁止事項などの規約もTwitter社の一存で決まりますし、アカウントの凍結なども悪く言ってしまえばTwitter社の胸先三寸に委ねられているわけです。
これに対してMastodonはというと、サーバーが分散しています。地理的な分散というのもその通りなんですが、それ以前にサーバーの所有者がそれぞれ異なるんです。サーバーの所有者が異なれば、当然規約だってそれぞれ異なってきます。ユーザーは数あるサーバーのうちから、ここと決めたサーバーにアカウントを作ることができるわけです。もちろん、自分のいるサーバーとは別のサーバーにいるユーザーをフォローすることもできます。自分に合ったサーバーが見つからない場合は、(多少の知識は必要にはなりますが)自分でサーバーを新たに建てることすらできてしまう。これが大きな特徴です。
もう少し込み入った話をすると、先ほど筆者はMastodonについて「分散型のSNSの一つ」と書きました。わざわざそうした書き方をしたのには理由があって、Twitterライクな分散型のSNSというのはなにもMastodonに限らないんです。他にもMisskeyやPleromaなど、多くの種類が存在します。それぞれがどう違うかという説明は省きますが、これらはすべてActivityPubという仕組みでつながっていて、例えばMisskeyのサーバーにいながらMastodonのユーザーをフォローすることだってできてしまいます。こうしたActivityPubを介した分散SNSのつながりを、Federal(連合)とUniverse(宇宙)のかばん語であるFediverseと呼んだりします。
なぜ分散型なのか
コリイ・ドクトロウというSF作家の短編に「Googleが悪に変わるとき」(原題:Scroogled)というものがあります[1]倉田タカシ氏がクリエイティブ・コモンズライセンスで翻訳を公開されていたんですが、今見たら消えていました……。。Googleは創業以来2018年に至るまで「邪悪になるな(Don’t be evil)」という社是を掲げ続けてきました。これはGoogleが検索をはじめメール、地図などインターネット上のありとあらゆる情報を管理する巨大な存在である以上、それを邪悪な目的で活用することは許されない、ということを自らに戒めたものです。邪悪な目的とは、例えば特定の政党にとって都合の良いように検索結果をアレンジしたり、メールを盗聴して政府に引き渡したり。そうしたことを実際にGoogleが行うようになってしまったら……というアイデアの下で書かれたのが、前述の「Googleが悪に変わるとき」です。
単なる絵空事のSF小説かと思いきや、そう単純に考えるわけにもいかないのが現実です。例えばGoogleと同じGAFAの一角であるFacebookは、アメリカの情報機関に個人情報の提供を行っていたことが報じられていますし、中国のSNS微博では、中国政府の意を体した検閲が常に行われています。そこまで大規模なものでなくとも、例えば事実誤認やアルゴリズムのバグにより、YouTubeが収益化を剥奪したりTwitterがアカウントを凍結したりといったことは、まさに日常茶飯事的に行われています。Facebookや微博の件はともかく、YouTubeやTwitterの件についてはハンロンの剃刀[2]「無能だったからそうなった」で十分説明できることに無理やり悪意を見いだすな、という意味の警句。ともいうべき事例であって、両社の邪悪の発露であるというべきではないのでしょうが、とはいえそれに対するユーザーの抗弁の機会がほとんど認められていないというのもまた事実。
もし今後、ドクトロウの小説内のGoogleのように、Twitterが邪悪となってしまったら? 単純な解決策としては、Twitterを使わなければいいというものがあるでしょう。しかし、Twitterはもはやインフラの一つと化しています。使わないという選択肢を今さら採るのは難しい。それに変わる解決策が、「分散型のSNS」なのです。
Fediverseではサーバーが分散されていて、それぞれ管理者も異なります。もし自分の使っているサーバーの管理者が邪悪になったとしても、同じFediverse内の別のサーバーに移ればいい。信用できるサーバーが一つもないのであれば、自分でサーバーを立ち上げればいい。Fediverseというインフラを意のままに操る「中央」は、どこにも存在しないのです。これがFediverseの何よりの強みといえるでしょう。
巨象の肩には乗れるだろうか
日本のSF作家・藤井太洋氏は、2017年に「巨象の肩に乗って」という短編小説を発表しています。Twitterが邪悪となり、中国政府の検閲を全面的に受け入れるようになった近未来。日本人エンジニアの主人公が、Mastodonを改造[3]MastodonをはじめとしたGPLオープンソースのソフトウェアにおいては公然に認められた行為です。して制作した〈オクスペッカー〉なるSNSを公開したところ、中国をはじめロシア、イスラエル、ベネズエラなどの、インターネットに自由を求める人々がそこに殺到する、という筋書きの話です。単行本『ハロー・ワールド』に収録されていますので、興味がおありの方はぜひどうぞ。
作中でも言及されているとおり、中国には金盾と呼ばれる国家的ファイアウォールが存在します。ファイアウォールといっても、サイバー攻撃を防ぐための防火壁というよりかは、その存在意義はむしろ「壁の向こうの景色を見せない」ために存在します。中国政府にとって都合の悪い情報を掲載する外国のニュースサイトやSNSなどは、中国国内からアクセスしようとしても金盾によってブロックされる。金色の盾が向く方向は、中国の外側ではなく内側なのです。「巨象の肩に乗って」では、Twitterが金盾を受け入れた――つまり、中国政府が問題なしと認める情報しかツイートできなくなったことになります。それに対して主人公は、分散型で邪悪になりようがないMastodonを使おう、と決心します。
しかし、現実にMastodonはTwitterの代わりとなり得るのでしょうか。もちろん操作感ということでは、MastodonとTwitterとの間にはほとんど差異はありません。フォロー、ミュート、ブロック、お気に入りといった機能もありますし、リツイートに相当するブーストという機能もあります。唯一ないものといえば、検索機能。といっても、対応しているサーバーであれば自分のつぶやきは検索できます。他人のつぶやきについては、外部サービスを用いない限り検索できません。何年も前のつぶやきを持ち出して炎上させるといった、Twitterでよく見られる行為を防ぐための措置だそうです。おっと、そういえばあともう一つTwitterにあってMastodonにないものがありました。広告です。
操作感では変わりがないとして、本当に邪悪になり得ないのか。「巨象の肩に乗って」では、〈オクスペッカー〉をGitHub[4]設計図共有サイト。にアップしたところ、警察がやってきて「政府が秘密裏に情報を収集するためのバックドアを作れ」と暗に要求してきます。実際にMastodonにバックドアが存在する可能性はないのでしょうか。MastodonはGPLというライセンスの下でソースコードのすべてが公開されています。GPLの元ではソースコードはすべて公開しなければならないため、バックドアを仕込んだコードをこっそり追加する、ということは難しいでしょう。「目玉の数さえ十分あれば、どんなバグも深刻ではない(Given enough eyeballs, all bugs are shallow.)[5]リーナスの法則。」とはよくいったもので、それを誰かが見つけてしまうのは時間の問題です。
また、分散型であるが故に金盾もその威力を十分に発揮できません。金盾はブラックリスト方式でアクセス制限を行っているため、十分に多くのFediverseサーバーがある場合、その全てをブロックしていくのは現実的ではないからです。無論、それに代わる仕組みもあるでしょう。例えば今年8月には、中国がTLS 1.3とESNIを用いたトラフィックをすべてブロックするようになったというニュースがありました。Mastodonはその仕組み上、SSLを用いなければFediverseの一員となることができませんが、もし中国がさらにラディカルに、SSL通信を全面的にブロックするようになれば、分散型SNSはひとたまりもありません。分散型SNSはFediverseに限らず、各サーバーがなりすましでないかどうかを確認するためにSSLを用いざるを得ないからです。
SSLが使えないということは、すなわち全ての情報が暗号化されないままやりとりされるということですので、仕組み上検閲に対抗する方法はなくなるわけです。防犯等、他の観点と勘案してもさすがにSSLの全面禁止というところまで中国は踏み込んでいませんが、理論上はそうなってもおかしくはありません。
群れない巨象が好きだから
絵空事に話が膨らんでしまいましたが、ともあれMastodon全体が邪悪になることはどうやらなさそうです。自分でサーバーを持ってしまえば、少なくとも自分にとっては邪悪たり得ませんからね。僕はMastodonに代表される分散型のシステムというのが大好きで、憧憬めいた感情の対象ですらあるんです。
古くは世間を騒がせたWinny。仕組みは完全な分散型で、サーバーというものを一切持たず、ユーザーの端末同士が直接[6]というと語弊があって、実際には間に何個もの端末を中継させながら。やりとりをします。あのソフト、実は掲示板機能があって、それも同じく分散型だったんですよ。2chと違ってサーバーを持たない、中央のない掲示板。「格好いい……!」とシビれました。違法ソフト共有なんてどうでもよくて、むしろ掲示板に心惹かれるばかり。結局怖くて実際に使うことはついぞありませんでしたが。
僕にとって中枢なき分散型のなにがしかというのは、「格好良いもの」であり続けました。かつて僕が書いた「テラの水槽」という短編SF小説にも、分散型のシステムが登場します。今読み返すと本当に小説未満の恥ずかしいできで、何とも赤面するばかりなのですが……。
なぜ中央のない分散型を格好いいと思ってしまうのかは、自分でもよく分かりません。たぶん構成員にヒエラルキーがなく、みんな完全に独立平等なところとか、各構成員がまったく別の方向を向いていても全体としては一体であるところとか、一部分を破壊しても平気で動き続けるところとか、そのあたりなんじゃないかなと思います。何だか謎の「組織」みたいな特徴だ。
そんな分散型のFediverseの一員として、今「びびびどん」というサーバーを自らの手で管理運営できていることは、僕にとってかけがえのない幸運です。技術的にMastodonの発展に貢献することは難しいですが、例えば藤井太洋さんの「巨象の肩に乗って」のように、小説でFediverseを伝導することもできるわけです。何らかの形で貢献できるといいな、と思っています。
巨象は鳥ではないし、ましてやその代わりでなんか!
最後になりますが、「巨象の肩に乗って」では、Mastodonは「Twitterのクローン」として紹介されています。
「あら懐かしい。〈ツイートデック〉?」
藤井太洋「巨象の肩に乗って」 『ハロー・ワールド』(2018年、講談社)所収
本田はオイゲン・ロチコが参考にしたツイッター用のアプリの名前をあげた。
「いえ。これは〈マストドン〉というツイッタークローンです。ご存じですか?」
もちろんMastodonがTwitterライクな使用感を目指して作られたのはその通りですし、その面において「Twitterのクローン」であることに異論を挟むつもりはありません。
しかし、「MastodonはTwitterの代わり」という考え方については、ことそれが消極的な意味で用いられる分には、僕は違うんじゃないかな、と思っています。Mastodonはよく「Twitterが落ちたからMastodonに来た」「Twitterでは言えないからMastodonで言う」といった用いられ方をしています。いわばTwitterが1軍ならMastodonは2軍の裏ローテとでもいうべきでしょうか。しかし、それはMastodonにとって失礼なんじゃないかな、と。
MastodonにはMastodonにしかない機能もたくさんあります。公開範囲をつぶやき一つ一つ個別に設定できますし、その範囲も細かく選べます。サーバーごとに独自の絵文字を追加できますし、長い文章を折りたたんで投稿することもできます。なにより「分散型」という強みを持っています。そういったものをすべて捨象して、「Twitterによく似た、Twitterになりきれないやつ」という目を向けるのは、MastodonやFediverseのコミュニティ全体に対しても失礼なんじゃないかなあ。
そういう思いがあったので、びびびどんを立ち上げる時、最初は利用規約に「Twitterの代わりとして使うのはやめてください」と書こうとしていました。具体的にどういうことが禁止なのかが曖昧に過ぎるので、結局その条項は見送りましたが、個人的にはMastodonは、Mastodonとして使ってほしいな、と思います。だって、とってもいいSNSなんですから!
以上、ご清聴ありがとうございました。
脚注